キスカ島守備隊の視点で見る撤退作戦

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キスカ島撤退作戦(キスカとうてったいさくせん)

1943年(昭和18年)7月29日に行われた日本軍の北部太平洋アリューシャン列島にあるキスカ島からの守備隊撤収作戦のことである。キスカ島を包囲していた連合軍に全く気づかれず日本軍が無傷で守備隊全員の撤収に成功したことから「奇跡の作戦」と呼ばれる。

この奇跡の撤退を実際に守備隊側からの視点で記録した体験談がありましたので、ここに記録します。 “キスカ島守備隊の視点で見る撤退作戦” の続きを読む

北方領土 南樺太(みなみからふと)

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樺太(からふと)、樺太島(からふととう) ロシア語: Сахалин サハリン、サハリン島は、ユーラシア大陸の東方 、オホーツク海の南西部にあるロシア連邦サハリン州の島。広義の日本列島に含む場合もある。南北約948km 東西の幅最大約160kmで南北に細長い。面積76,400平方kmは世界第22位で21位の北海道(78,073平方km)より若干小さい。人口約50万人。最大都市はサハリン州の州都でもあるユジノサハリンスク(人口約18万人) “北方領土 南樺太(みなみからふと)” の続きを読む

占守島の戦い

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占守島の戦い(しゅむしゅとうのたたかい)

太平洋戦争終戦後(もしくは終戦準備・戦闘停止 期間中)の1945年(昭和20年)8月18日 – 21日に、千島列島東端の占守島で行われたソ連労農赤軍と大日本帝国陸軍との間の戦闘である。ポツダム宣言受諾により太平洋戦争が停戦した後の8月18日未明、日ソ中立条約を一方的に破棄(8月9日)したソ連軍が占守島に奇襲攻撃、ポツダム宣言受諾に従い武装解除中であった日本軍守備隊と戦闘となった。戦闘は日本軍優勢に推移するものの軍命により21日に日本軍が降伏し停戦が成立、23日に日本軍は武装解除された。捕虜となった日本兵はその後大勢が法的根拠無く拉致され、シベリアへ抑留された。鬼畜の所業 “占守島の戦い” の続きを読む

アッツ島の戦い

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アッツ島の戦い(アッツとうのたたかい)

Battle of Attu は、1943年(昭和18年)5月12日にアメリカ軍のアッツ島上陸によって開始された戦闘である。山崎保代陸軍大佐の指揮する日本軍のアッツ島守備隊は上陸したアメリカ軍と17日間の激しい戦闘の末に玉砕した。 “アッツ島の戦い” の続きを読む

北方領土 千島列島 南樺太と領土問題

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北方領土 千島列島 南樺太と領土問題

ロシア語: Проблема принадлежности южных Курильских островов
北海道根室半島の沖合にあり、現在ロシア連邦が実効支配している択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の島々、すなわち北方領土に対して、日本が返還を求めている領土問題。

当ブログは、千島全島、南樺太までの全てを戦前の状態に戻せ!という基本的な主張をしているブログです。四島、二島という妥協した考えに基づき書かれている物ではありませんので、政府見解とも、他の領土問題を扱う団体とも基本理念は違っています。あくまでも、全島返還を国民運動として訴えて行きますので、その点、事前にご了承下さい。 “北方領土 千島列島 南樺太と領土問題” の続きを読む

北方領土 千島列島の地理と歴史

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北方領土
当ブログは、千島全島、南樺太までの全てを戦前の状態に戻せ!という基本的な主張をしているブログです。四島、二島という妥協した考えに基づき書かれている物ではありませんので、政府見解とも、他の領土問題を扱う団体とも基本理念は違っています。あくまでも、全島返還を国民運動として訴えて行きますので、その点、事前にご了承下さい。 “北方領土 千島列島の地理と歴史” の続きを読む

阿頼度島(あらいどとう)

Atlasov

阿頼度島(あらいどとう)
千島列島の最北端に位置する火山島である。 ロシア名はアトラソフ島 (остров Атласова) 英語表記は Atlasov
島の名前の由来は、アイヌ語の アウ・ライト(噴火口の内が地獄のようにどろどろに溶けた溶岩の溜池)から。ロシア名は、18世紀の探検家であるウラジーミル・アトラソフの名前に由来する。 “阿頼度島(あらいどとう)” の続きを読む

占守島(しゅむしゅとう)

Shumshu

占守島(しゅむしゅとう)
千島列島北東端の島。ロシア名はシュムシュ島о.Шумшу) 英語表記はShumshu
島の名前の由来は、アイヌ語の シュム・ウシ(南西に存在する、或いは南西に入る)」からとする説があるものの、この島の語源を「シー・モシリ(本島)」とし新知島の語源を「シュム・シリ(西島)」とする説や、占守島を「シュム・シュ(油・鍋)」とし新知島を「シュム・ウシ(南西にある、入る)」とする説もある。 “占守島(しゅむしゅとう)” の続きを読む

幌筵島(ぱらむしるとう)

Paramushir

幌筵島(ぱらむしるとう、ほろむしろとう)
千島列島の北東部にある島。波羅茂知島(ぱらもしるとう)と表記されることもある。ロシア名はパラムシル島 (о.Парамушир) 英語表記は Paramushir
島の名前の由来は、アイヌ語の「パラ・モシル(広い・島)」「ポロ・モシル(大きい・島)」から。千島アイヌは ウレシパモシリ(人を多く育てた島)とも呼んでいた。
漢字表記で「幌(ほろ)」を「ぱら」や「筵(むしろ)」を「むしる」と読ませるのは、アイヌ語由来地名の漢字表記などに、そのような例は数多くあり、こちらは「ほろむしろ」と読む例もあるが一般的には「ぱらむしる」と読むことが普通である。 “幌筵島(ぱらむしるとう)” の続きを読む

志林規島(しりんきとう)

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志林規島(しりんきとう)
千島列島の北部にある火山島である。ロシア名はアンツィフェロヴァ島 (о. Анциферова) 英語表記は Antsiferov
島の名前の由来はアイヌ語の シ・リン・キ(甚だ・波・所)で、意味は「ひどく波立つ所」となる。なお、ロシア名のアンツィフェロヴァは18世紀のはじめにヤサーク(毛皮税)を取り立てて住民を支配下に置くため北千島に遠征したコサックの首領ダニロ・ヤコブレヴィチ・アンツィフェロフ(アンツィフョーロフ)に由来する。 “志林規島(しりんきとう)” の続きを読む