大平炭鉱病院事件

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樺太大平炭鉱病院殉職看護婦慰霊碑

碑文

「太平洋戦争末期の昭和二十年八8、樺太はソ連軍の突然の参戦で大混乱となった。恵須取町大平地区も十六日未明の空襲で住民は一斉に避難した。炭鉱病院看護婦二十三人も夕刻になって避難を始めたが、途中の武道沢でソ連軍に退路を断たれ、最悪の事態を予測した高橋婦長らは、十七日未明に集団自決を図り六人が絶命した。あまりにも悲しい事件であった。 “大平炭鉱病院事件”の続きを読む

文化露寇

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文化露寇(ぶんかろこう)

文化3年(1806年)文化4年(1807年)にロシア帝国から日本へ派遣された外交使節だったニコライ・レザノフが部下に命じて日本側の北方の拠点を攻撃させた事件。事件名は日本の元号に由来し、ロシア側からはフヴォストフ事件とも呼ばれる。 “文化露寇”の続きを読む

三船殉難事件

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三船殉難事件(さんせんじゅんなんじけん)

第二次世界大戦末期(日本の降伏文書への調印予告、および軍隊への停戦命令布告後)の1945年(昭和20年)8月22日 北海道留萌沖の海上で樺太からの婦女子を主体とする引揚者を乗せた日本の引揚船3隻(小笠原丸、第二号新興丸、泰東丸)がソ連軍によるものと見られる国籍不明の潜水艦からの攻撃を受け、小笠原丸と泰東丸が沈没して1,708名以上が犠牲となった事件を指す。三船遭難事件とも呼ばれる。 “三船殉難事件”の続きを読む

真岡郵便電信局事件

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真岡郵便電信局事件(まおかゆうびんでんしんきょくじけん)

『交換台にも弾丸が飛んできた。もうどうにもなりません。局長さん、みなさん…、さようなら。長くお世話になりました。おたっしゃで…。さようなら』

太平洋戦争末期の樺太の戦いで、真岡郵便局の電話交換手が集団自決した事件である。当時日本領だった樺太では、ソ連軍と日本軍の戦闘が、1945年8月15日の玉音放送後も続いていた。真岡郵便局の電話交換手(当時の郵便局では電信電話も管轄していた)は、疎開(引き揚げ)をせずに業務中だった。8月20日に真岡にソ連軍が上陸すると、勤務中の女性電話交換手12名のうち10名が局内で自決を図り、9名が死亡した。真岡郵便局事件、また北のひめゆり(事件)とも呼ばれる。 “真岡郵便電信局事件”の続きを読む

樺太の戦い

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樺太の戦い(からふとのたたかい)

太平洋戦争/大東亜戦争末期の1945年(昭和20年)8月11日から8月25日にかけ、日本の内地であった樺太南部で、日本とソビエト連邦の間で行われた戦闘である。

1945年8月9日に対日参戦したソ連は、8月11日に南樺太の占領作戦を開始した。その目的は南樺太の獲得と、次に予定された北海道侵攻の拠点確保だった。ソ連軍は北樺太から陸上侵攻する歩兵師団・歩兵旅団・戦車旅団各1個が攻撃の中心で、補助攻勢として北太平洋艦隊と歩兵旅団1個による上陸作戦が実施された。日本軍は、歩兵師団1個を中心に応戦し、国境地帯ではソ連軍の拘束に成功した。 “樺太の戦い”の続きを読む

北方領土 千島列島 南樺太と領土問題

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北方領土 千島列島 南樺太と領土問題

ロシア語: Проблема принадлежности южных Курильских островов
北海道根室半島の沖合にあり、現在ロシア連邦が実効支配している択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の島々、すなわち北方領土に対して、日本が返還を求めている領土問題。

当ブログは、千島全島、南樺太までの全てを戦前の状態に戻せ!という基本的な主張をしているブログです。四島、二島という妥協した考えに基づき書かれている物ではありませんので、政府見解とも、他の領土問題を扱う団体とも基本理念は違っています。あくまでも、全島返還を国民運動として訴えて行きますので、その点、事前にご了承下さい。 “北方領土 千島列島 南樺太と領土問題”の続きを読む