雷公計島(らいこけとう)

reikoke

雷公計島(ライコケ島 らいこけとう)
千島列島の中部にある島。ロシア名はライコケ島о.Райкоке)、英語表記はRaikoke
島の名前の由来は、アイヌ語の「ライ・コツ・ケ」で「地獄・穴(又は噴火口)・所」、「地獄穴の所」の意とする説がある。元禄御国絵図には「らつこあき」とあり、これについては「ラッコ・アク」で「猟虎・射る所」、「猟虎を射る所」の意とする説がある。

地理
松輪島の北方、松輪海峡を挟んだ約 18 キロメートルに位置する、長径約 2.5 キロメートル、短径約 2 キロメートルのやや楕円形をした火山島である。

雷古計山(らいこけざん)海抜 551 メートル、ロシア名:ライコケ山
全島で火山を形成しており、岸辺は断崖が続いている。

1778年の噴火では、山頂部分三分の一が破壊されるほどの規模だったとされ、これがきっかけとなり、その2年後には初めての千島列島の火山調査が実施されることとなった。

1924年の噴火は、クレーターの深さや島自体の輪郭が変わる規模であったとされる。4e321d2a02691f7820ab8fe42401066d

千島列島に五つある、トドの集団繁殖地の一つに数えられる。また、フルマカモメの千島列島中最大の営巣地の一つでもある。PICT0383

歴史
1700年(元禄13年)、元禄国絵図のため松前藩が幕府に呈上した松前島郷帳に、「らつこあき」の名が見られる。元禄国絵図

1855年(安政元年) 日露和親条約によって、日本とロシアの間で、ロシアの領土であることが一旦は確定された。日露和親条約原文

1875年(明治8年) 樺太・千島交換条約により日本領になる。

1883年、ヘンリー・ジェームズ・スノーは、この島に 15,000 頭以上のトドが生息していると報告したが、欧米人ハンターの乱獲により、1890年代には僅か数頭にまで激減した。現在もこの島でトドは繁殖していない。※画像は新知島33275973

1916年(大正5年)、臘虎膃肭獣猟獲取締法によりラッコオットセイの狩猟が禁止されるが、すでに絶滅状態だった。
2005

雷公計島の自然
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