知林古丹島(ちりんこたんとう)

Chirinkotan1

知林古丹島(チリンコタン島、ちりんこたんとう)
千島列島中部に位置する島である。ロシア名はチリンコタン島 (о. Чиринкотан) 英語表記はChirinkotan
島の名前の由来は、アイヌ語の「チリン・コタン(汚れた波<泥流>・村)→泥流に呑まれた村」となる。

地理
越渇磨島の西約 30 キロメートルに位置する、直径約 3 キロメートルの円形の火山島である。島自体が山(日本名は不詳 ロシア名:вулкана Чиринкотан)を形成しており、海抜は 742 メートル[1]。正保御国絵図には「マサヲチ」との表記があり、アイヌ語で マサ・オチ(噴火口が開いて、泥流が突進するように流れ下る)という意味がある。現在でも時々爆発して泥流や溶岩を噴出しており、蒸気は常に噴出している。1

少なくとも1760年付近からの噴火が確認されており、1884年、1900年、1979年、1986年、2004年に噴火している(1955年のものは噴火かどうか不明)

岸辺は切り立った崖が続き、小舟が辛うじて接岸できるに過ぎない。

歴史
1651年(慶安4年) 正保国絵図のため松前藩が提出した地図に、「マサヲチ」の名がある(松前島郷帳では「まさおち」)正保国絵図

1715年(正徳5年) 松前藩主は幕府に対し、「北海道本島、樺太、千島列島、勘察加」は松前藩領と報告。

1855年(安政元年) 日露和親条約によって、日本とロシアの間で、ロシアの領土であることが一旦は確定された。日露和親条約原文

1875年(明治8年) 樺太・千島交換条約により日本領になる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です