越渇磨島(えかるまとう)

Ekarma

越渇磨島エカルマ島、えかるまとう)
千島列島の中部に位置する島である。ロシア名はエカルマ島o. Экарма) 英語表記はEkarma
島の名前の由来は、アイヌ語の エカリ・マ・ウシ(安全な船着場の多い所)から。これは、島の周囲に暗礁が無いため。

地理
捨子古丹島から越渇磨海峡を挟んだ北西約 9 キロメートルに位置する、安山岩質の火山から成る東西約 7.4 キロメートル、幅約 5.5 キロメートルの長方形の島である。湖水や顕著な河川はなく、淡水源は雨水に頼るほかない。また、島の北部では高温の硫黄泉の湧出が数ヶ所で見られる。

Inside the drowned caldera of Ekarma Island, Kuril Islands, Russian Far East

越渇磨岳(えかるまだけ) 最高点は海抜 1,170 メートル ロシア名:エカルマ山 влк.Экарма11

サントリー世界愛鳥基金
一度は絶滅を宣告されたシジュウカラガンを蘇らせた人たちがいます。カムチャツカの施設で繁殖させた個体をかつての繁殖地だった北千島のエカルマ島に運び、放鳥

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日米ロの関係者が、放鳥を行う島について調査、協議を行い、生息に有利な自然環境が維持されており、キツネのいないエカルマ島が最適という結論に達し、放鳥が開始されたのが、1995年のことです。その後2010年まで放鳥事業は続きますが、それができたのは仙台市八木山動物公園の人材と資金援助があったからです。1995年から2000年に、のべ119羽を放し、そのうち5羽が日本へ飛来しました。その際に、若い鳥を大きな群れで放すと渡ってくる可能性が高いことがわかってきました。

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歴史
1700年(元禄13年)、元禄国絵図のため松前藩が幕府に呈上した松前島郷帳に、「ゑかるまし」の名が見られる。
元禄国絵図

1855年(安政元年) 日露和親条約によって、日本とロシアの間で、ロシアの領土であることが一旦は確定された。
日露和親条約原文

1875年(明治8) 樺太・千島交換条約により日本領になる。

1893年 捨子古丹島にて越冬していた千島報效義会の会員 9 人のうち 5 人が越渇磨島に出漁して遭難し、全員死亡した。

越渇磨島の自然

Ekarma3

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